大幣お祓い生活
大幣お祓い生活 表紙
おおぬさ

大幣
お祓い生活

作りたまえ
整えたまえ
祓いたまえ
祓いを手にする

自分の手で〈マイ大幣〉を作り、日々の暮らしの中で清めを実践するためのスマボン。

アバウト佐々木
スマボン出版®︎

「形」じゃなくて「感応」

形を整えることが目的ではない。感応が起こるかどうか、それだけだ。

古来より正式とされる大幣はあるのかもしれない。が、それはそれだ。私は、私がピンと来た〈マイ大幣〉を作りたくなったのだ。

祓いとは、誰かに与えられるものではない。自分の手で触れ、自分の感覚で整え、その中で初めて立ち上がるものだ。

木を選び、紙を重ね、精麻を添える。整えながら、少しずつ「自分の道具」になっていく。その過程そのものが、すでに祓いだ。

作りたまえ。整えたまえ。祓いたまえ。そのすべては、自分の手の中にある。

第1章|大幣とは何か

大幣は、祓いのための道具である。けれど、このスマボンでは、古式の細部を追いかけるよりも、まず「手にしたときに何が起こるか」を大切にする。

絶対に外せないポイント

祓いの道具であること。揺れること。上から下へ流れること。白を濁らせないこと。簡素であること。自分の手で作ること。そして、ピンと来ていること。

大幣とは、手で作り、風で働く、簡素な祓いの道具である。

第2章|作る

完璧に作ろうとしなくていい。むしろ、最初から立派にしようとしすぎると、手が止まる。まずは材料を前に置き、触り、組んでみる。

柄を用意する。
白木の棒を基本にする。持ったときに手になじむ長さと重さを選ぶ。
紙垂を用意する。
白い紙を折り、幣束として重ねる。量は少なすぎない方が、揺れが出る。
精麻を添える。
細く裂きすぎず、素材の表情を残す。紙垂と一緒に揺れるように添える。
結ぶ。
飾りすぎず、締めすぎず、上で止めて下へ流す。

型に頼らないために

本書では、特定の型紙や寸法は示さない。再現することが目的ではないからだ。

大幣は、形をなぞることで成立するものではない。手に取り、揺らし、違和感のないところへ整えていく。その過程で、自分の一本が見えてくる。

「これでよい」と感じられるところ。そこが、その人にとってのかたちである。
参考資料提供:水野雅弘氏
タップすると、このページ内に水野氏のスマボン名刺を表示します。閉じれば元の位置に戻れます。

参考とした幣束は、東京浅草・宮本卯之助商店にて、獅子頭の調製にあわせ、舞台用のお鈴・幣束立てと共に誂えられたものです。

参考資料ギャラリー

水野雅弘氏より提供いただいた、大幣・鈴・幣束立てに関する資料写真です。

第3章|整える

作ったら、すぐに完成ではない。手に取り、軽く振り、紙垂と精麻の動きを見る。どこか重いところ、詰まっているところ、引っかかるところがあれば、そこを整える。

整えるとは、見栄えを良くすることだけではない。風が通るようにすること。手に違和感がないようにすること。自分の内側が静かに頷くところまで持っていくことだ。

完成ではなく、調律。マイ大幣は、整えるほどに自分の道具になっていく。

第4章|祓う

振り方に難しい理屈はいらない。大切なのは、強く振ることではなく、空気を通すこと。紙垂が揺れ、精麻が動き、その場の空気が少し変わる。その感覚を受け取る。

日々の使い方

部屋の入口で。机の前で。朝の始まりに。何かを始める前に。気持ちが重い時に。大げさな儀式にしなくていい。生活の中に、短い祓いの時間を置く。

祓いは、特別な日だけのものではない。暮らしの中で、何度でも戻ってくるための動きである。

第5章|生活の中へ

自作することで、祓いの自覚は確かに高まる。そしてその積み重ねが、運の巡りをも押し上げていく。

マイ大幣は、飾って終わりではない。手に取り、整え、振り、また置く。その繰り返しの中で、自分の感覚が少しずつ澄んでいく。

大幣お祓い生活とは、何かを信じ込むことではない。自分の手に、祓いのきっかけを持つことだ。

付録|八木原諏訪神社太々神楽 演目〈大麻〉

八木原諏訪神社太々神楽
令和八年 春の例大祭奉納舞台より

演目:大麻
舞子:箱田 博

神を招き、場を祓う清めの舞。

動画はこのページ内で再生できます。閉じれば元の位置に戻れます。